午前中に自宅での一件の法事をつとめる。読経・お題目を通し、日ごろ家族・親戚を暖かく見守ってくれている先祖・亡き霊位に感謝の気持ちを伝え、魂を穏やかにしていただく。
施主をはじめ、集まった家族・親戚にとっては数年に一度の大行事。それなりの緊張感がある。しかし、我々僧侶にはそれがほぼ毎週やってくる日常的な光景となる。
こうした日常的な光景の中に、どれだけ探究心と好奇心を持って望めるか。それが今の自分の最も重要な要素を占めている。逆に、そこにもし探究心・好奇心が無くなったら...。そう考えるとそれが一番怖い。
「今週良い法要にしよう」「来週もっと良い法要にしよう」単純だが、これが難しい。難しいが故にそこに「やりがい」が生まれる。
